サラリーマン辞める為のブログも運営中

プロフィール

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目次

自己紹介

ダーマンと言います。

1979年生まれの42歳です。

広島県広島市で生まれで、現在も広島市在住です。

最終学歴:穴吹デザイン専門学校 CGデザイン学科卒業。

コンピュータグラフィックスを勉強してきました。

現在はサラリーマンしながらブログを書いて脱サラする事を目標にしています。

当ブログは上記ブログとは切り分けて、イラストやデザインのスキルで稼ぐ方法論を伝えるために立ち上げました。

このブログを書く理由

結論から言うとイラストの能力が偏っていても稼げます

その事を伝えるためにブログを書きます。

いきなりですが、少しだけ語らせてください。

ボクは小学校低学年の頃からノートの端に落書きをする子供でした。

勉強についていけず、時間潰しのつもりでひたすらベジータを描いていました。

今にして思えば、その行為がイラストスキルの下地になってお金を稼ぐことが出来るようになっています。

正直ボクのイラストは飛び抜けたスキルはないと思ってます。

ただの落書きの延長です。

得意なイラストは

・直立不動のベジータ
・劇画調の男性キャラ

以上です。

こんな感じ。

あと黒崎検査官とか。

逆に

・ポーズを取ったキャラクターを書くのが下手
・キャラクターに影を塗るのが下手
・女性キャラが苦手
・風景を描くのが苦手(というか楽しくない)

と出来ない事がまだまだ多いです。

でも女性キャラが苦手と言っても、少しは描けます。

道夫パイセン

飛び抜けたスキルは無いとか言っときながら、まぁまぁ描けるじゃねぇかオメー

ダーマン

よく見てください…基本直立不動しか描けてないでしょ

宗次郎

そうだね…

以前のボクは、こんな偏ったスキルじゃプロになんてなれないなと考えていました。

漠然と頭にあったのはイラストレーターという職業。

でもどうやってなるかはよく分かってない。

ダーマン

イラストレーター…憧れるけど、こんな偏った画力じゃ無理だよね…

世の中のすごいイラストレーターの作品などと比べ、勝手に絶望してました。

でもある時、気づいたのです。

どんな画風も描けるクリエーターである必要があるのだろうかと。

昔はどんな画風でも描けるようにならなければ真の絵描きとは言えないという固定観念を持っていました。

多分どっかに見聞きした情報なのだと思います。

でも、その考えだと答えのないゴールを探すようなもので、いつまで経っても自分の能力を認める事ができません。

ウンウンと悩んで、悩み抜いて…悩むのをやめました。

道夫パイセン

やめたんかい!

ダーマン

答えが出なさすぎるんで…

それで都合の良いように考えるようにしました。

ダーマン

いや待てよ、勝手に駄目と思ってるだけで、今の俺のスキルでも十分戦えるんじゃないだろうか…

どんな画風でも描けるに越したことはないけど、そもそも自分のイラストでどこまで戦える武器に昇華させるか。

例えるならるろうに剣心に出てる斎藤一です。

道夫パイセン

は?

ダーマン

牙突1本で戦うようなイメージです

出典:るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-

己の得意技を徹底的に磨き上げ、絶対の必殺技にまで昇華させる

ダーマン

一つの武器だけだろうが、それを絶対の技まで昇華すればいいんじゃないだろうか”と。

宗次郎

なるほどね。

もちろん今でもイラストの練習はしますが、自分には自分の色・特色があると判断して何でも書くのはやめました。

描くのはもっぱら人物。そして男性キャラで濃い目なやつ。

ボクのように偏った描写力でも、現在ボクはイラスト関連の仕事でお金を稼ぐことが出来ています。

偏ったスキルだとしても稼げる、それをこのブログで伝えていきます。

このブログのコンセプト

自分のイラストに自信のない人に向けて、副業で月に10,000円以上稼げるようになる方法

を伝えていきます。

道夫パイセン

まぁ…ラクガキレベルなら描けるけど

ダーマン

大丈夫です、稼げます

詳しくは下記からどうぞー。

これまでのストーリー

こっから先は完全なひとり語りなので読んでもらわなくても大丈夫です。

ボクの事がちょっとでも興味あるよって、奇特な方がいらっしゃったらお読みいただけると幸いです。

学生時代

先程も述べたようにボクは授業についていけずノートの端にベジータばかり描いていました。

ちなみにベジータがドラゴンボールの作品内で初登場したのが1989年なので、ボクは10歳ですね。

10歳といえば小学2年生です。

2年生の時にボクはなんとか算数の九九を乗り切って、次の学習内容に移りましたがそこで躓いたのを覚えています。

そう、授業についていけなくなった。

算数から始まり、国語もついていけなくなり、だんだんと集中力も切れていきました。

それと相反するようにラクガキの時間が増えていったという流れですね。

その流れは中学になっても止まらず、国語、数学、英語の3教科はほぼラクガキ描いてました。

そんな状態なので、授業は全く理解できず数学で0点を記録したこともあるほどです。

道夫パイセン

なかなか0点ってとれねーよな…

言い換えるとそれだけイラスト描写に時間をかけていたとも言えます。

仮に学校の中で1日2時間はラクガキしてたとしましょうか。

1年間の年間授業日数はだいたい200日なので、200(日)×2(時間)=400時間。

それが小学校と中学校ひっくるめて400(時間)×8(年)=3200時間。

ざっと計算してもボクは3200時間以上ベジータばかり描いていた。

数字で見るとちょっと異常だなって思います。

でもそれだけなんですよね。

美術のコンクールなどで賞などもらったことはない。

専門学校時代の修了制作・卒業制作でももらえたのは奨励賞(別名:頑張ったで賞)

だから突出したものは持っていないです。

社会人時代(20代〜30代)

デザイン専門学校を卒業して地元の製版会社へ就職しました。

デザインを学びはしたけど、イラスト自体は特に誰かに自慢するでもなく絵を描く事自体をやめていました。

自分の中で“特に役に立たないスキル”と思っていたからです。

社会人としてはWeb制作会社やフリーターを繰り返しながら過ごして、その中で20代は計4回のクビになったりします。

僕自身にも問題があったのかもですが、会社も酷いもんでした。

ボクがいたWeb制作会社は以下のような感じです。

・受注後トラブルあって制作ストップしてる案件を採用翌日から任される
ロングヘアで金髪な社長
・会社に入金があると社長が「家具」を買う
・社員の給与が払えなくて、社長の親にお金を借りる
・就業時間中、ヒーリング系のBGMを絶対にかけて仕事する(切ったら社長がムッとする)
社員の会話を盗聴する

ちょっといくつかオカシイなって思う箇所があるかと思います。

零細の制作会社ということもあったのか(いやいやそれでもオカシイ)何か会社ごっこをしてるような会社でした。

終いには給与が分納で振り込まれる。(給料日と、その1週間後とかに…)

明らかに手作業で入金してるなってのが分かるし、自転車操業状態なんだなってのが目に見えてわかりました。

そんな会社ごっこしてる零細企業とはお別れし、30代になって今の会社に転職。

20代の頃よりだいぶマシな会社で働きはじめましたが、徐々にサラリーマンという職業に絶望して今日を迎えています。

サラリーマンは結局のところ雇われ仕事です。

雇われ仕事だと

・成果と収入が合わない
・チャレンジができない
・仕事を選ぶ自由がない

上記3つは、この10年で思い知らされました。

まとめ

そんな夢も希望も持てないサラリーマンをやめられないかと考えて現在ブログを書いています。

そして2020年から「イラストでも稼げないか?」と思って、また描き始めました。

その結果、総収益40万を達成できました。

宗次郎

へー、やるじゃん

額としてはまだまだ少ないですが、自分のイラストスキルでも稼げるという自信になったし、このブログを書く上での根拠にもなると感じています。

最終的にボクはブログとイラスト・デザイン関連のお仕事で生きて行くことを目指しています。

今はまだ副業としてなので、収入も不安定です。

ただ継続していき、この夢を叶えます。

今はまだその途中。楽しみながら頑張っていきます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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